「令和」になってはや2週間です。

西暦と元号の関係
2つの数え方があって面倒、
そんな声もたまに聞きますが、
タモリさんがテレビ番組のなかで
見事な表現をしたと話題になっています。

タモリ
「西暦というものが
ずっと(続く)本のページ数だとすれば、
元号というのは
日本だけが持っている『章』。
その章があるから
(時代の)切り替えができますよね」。

ネット上には
「めちゃめちゃ腑に落ちた!」
「日本人であることに誇りを持てた!」
というコメントが寄せられていました。

元号によって時代の区分がされるというのは
日本独自の文化です。
たしかにそのことによって
時代の変化を感じやすくなっています。

外国人から見ると
???かもしれませんが、
西暦と元号、
両方を違和感なく使い分ける日本人は
独特の文化、思考を育んできたと思います。

世界一長い皇室の歴史を持つ
日本ならではです。

島国で、他国に滅ぼされたり、
革命が起こったりということもなく、
天皇を中心におきながら、
歴史をたどってきたということです。

そもそも西暦という数え方は、
イエス・キリストの誕生に起源します。

紀元前を意味するBCというのは
まさにBefore Christで
「キリスト以前」ということです。
そして紀元後のADは
ラテン語で anno Domini
「主の年に」という意味です。

西暦はイエス・キリストを中心に数える。
元号は天皇を中心に数える。
西暦がページ数で、元号が章、
本当に面白い表現ですね。

ところで、
「令和」に関して面白い話があります。
「令和」に秘められた暗号がある・・・と。

それは「令和」=「命の木」という話です。

「和」の字を、「ノ」と「木」と「口」に
分解します。

そして「令」の字にその「口」を入れると
「命」の字になる。

すると「令和」が「命ノ木」になる
というわけです。

だから何なんだ?ということですが、
「生命(いのち)の木」というのは
聖書に出てくる言葉です。

分厚い聖書の最初、2ページ目に出てきます。

園の中央に「命の木」があったと。

そして聖書の最後のページにも
「命の木」が出てくるんですね。

「いのちの木にあずかる特権を与えられ、
また門をとおって都にはいるために、
自分の着物を洗う者たちは、
さいわいである。」

聖書は、命の木で始まって
命の木で終わるとも言えます。

まるで、「はじめに」で触れて
「おわりに」で締めくくるように。

ところで、
「いのちの木にあずかる特権」って何でしょうね。

特権ということですから
それだけ素晴らしいものだということですね。

「令和=命ノ木」というのは
令和の時代に生きることが特権、
という暗号でしょうか?(笑)

ということで、
大きな時代の変化の中で生きる私たち。

現代の日本であれば、たしかに
歴史上の誰と比べても比較にならないほど
恵まれた、自由で豊かな時代に
生きていることは間違いありません。

さらに物質的な豊かさだけでなく
心の豊かさも求めながら、
新しい「令和」の時代を
生きていければと思います。