毎日毎日、
たいへんなニュースが目に耳に入ってきます。

国内の身近なところでも、
そして海外でも。

色んなことが大きく変わろうとしていると、
誰もが感じていることでしょう。

何が正しくて何が間違っているのか
自分自身、いまどこにいて
どこに向かっているのか?
何をしたらいいのか?

混沌としたとき、
私がよく指針にするものがあります。

明治大正時代のキリスト教思想家
内村鑑三さんの言葉です。

I for Japan
Japan for the world
the world for Christ
And All for God

十数年前、長野県の軽井沢市にある
石の教会、内村鑑三記念堂を
訪れたことがあります。

静かな森のなかにある
神秘的な空間でした。

記念堂の中で目に止まったのが
内村鑑三さん直筆の書でした。

I for Japan
Japan for the world
the world for Christ
And All for God

私は日本のために
日本は世界のために
世界はキリストのために
そしてすべては神のために

力強い言葉に
目のさめるような思いがしました。

迷った時、
この言葉を自分の心に当てはめてみると
自分の立ち位置、向かう方向性が
はっきりします。

日本人として生まれ育ち、
日本人として多くの恩恵を受けてきた。
だから日本を愛する、
何かしら日本のために貢献したい
そういう心で生きる。

まずそれが一つの指針です。

そしてそれは決して
偏狭な一国主義というのではありません。

「日本は世界のために」

世界のためにもなることなんだろうか?
神の目にもかなうものなんだろうか?
という観点を示してくれています。

日本人は歴史的に
「お天道様が見ておられるよ」という感覚を
持っています。

あるいは自然に対して
人智を超えたものを感じ、
畏敬の念を持ちます。

だから
人が見てようと見てまいと、
人から認められようと
認められまいと、
正直に誠実に生きる心を持っています。

私は日本のために
日本は世界のために
世界はキリストのために
そしてすべては神のために

という精神は
単にクリスチャンとしての生き方でなく、
日本人としての代表的な生き方ではないか、
日本人の本心に訴えかけるものがあるのではないか
と思うのです。

実際に内村鑑三さんは明治時代、
「代表的日本人」という英文の著書を出され、
西郷隆盛、二宮金次郎、上杉鷹山らを例に
欧米に日本人のことを正しく紹介する努力をされました。

三銃士に出てくる
All for One
One for All

「一人はみんなのために
 みんなは一人のために」
という言葉も思い出しました。

(「一人はみんなのために
みんなは勝利のために」というのが
作者の意図する正確な訳のようですが。)

ともかく、人は一人では生きていけません。

国も一カ国だけで生きていける時代ではありません。

いろんな人とのつながりがあり、
いろんな国とのつながりがあり、
そのなかで複雑な色んな関係性を持って
生きています。

まず自分の国を愛する。
そして世界のことにも関心を持つ。

大きなことはできないけれど、
少しづつでも自分にできることを
行動に移していきたいと思います。